マスカットスタジアムにつくと、雲が出てきたせいなのか肌寒いような気がした。こんな時期まで公式戦ができたのは初めてのことだ。どこにそんな力があったのか、本当に幸せな世代だと思う。今日はテスト前にもかかわらず、吹奏楽部も応援に来てくれる。本当に力になるからありがたい。スタンドを見ると多くの卒業生の顔も見える。心なしか高揚感も感じられ、気が引き締まる。それは選手たちも同じで、いつものように軽口を叩いているが、馬鹿笑いもないし目が笑っていない。学芸館高校さんはエースをぶつけてきてくれた。相手にとって不足はないが、3名の守備の交代と打撃順を変えてきたのにはどんな意味があるのか。素人には推し量れない勝負が始まっているのだ。監督の眉間のしわが深くなる。
整列の時はそれほど感じなかった重圧が、試合が始まるとずっしりとかかる。やはり強い、うちは挑戦者だと感じる。2回の裏のピンチだが動揺はない。どんなピンチでもしのいできた自信がある。ピンチになればなるほど、それを振り払うようにベンチが声をあげる。元気としぶとさが総社南の野球だ。何とかなると思った矢先に1点をこじあけられるように入れられる。その直後の3回の表、得点の匂いのしないままあっさりと2アウトとなるが、ここから点をとった経験がある。2アウトから山田・柳井・柏谷の連打で一挙に2点を奪う。完全に流れはこちらに来た。と、思ったその裏に守備の乱れから4点を失う。3点差は大きいが、返せない点差ではない。「いいか。1点ずつぞ」いつもの声が飛び交う。しかし、・・・
今から思えば、そのときから焦りがあったのだろう。細かいミスは出るし、波に乗れない。5回の裏に4点を入れられたときの記憶は定かではない。後半のためのグラウンド整備中のダッグアウトでは、いつものように声を掛け合っていたがどこか空虚だ。そんなとき、監督の大きな声が響いた。「よう、これはもう開き直ってやるしなねえなー。」一斉に視線が集まる。監督は笑顔だ。「7点差でこれで1点も取れんかったらコールドじゃ。でももう、開き直ってやるしかねえんじゃないの?」一瞬息をのんで、「おう!」と選手たちの声が響く。誰かが、「仕方ねーなー、俺の至高のバッティングを見しちゃるか!」と叫ぶ。「じゃ、おれも至高のランニングやるし」と答える。おれも、おれもってどっかのコントじゃあるまいし、そもそも至高って言葉をよく知っていたなぁ。感心していると、にやにやしている監督と目が合う。思い出す。城東高校さんに負けた後でスタッフだけになった時、監督が何かを思い出したように「そうだ、俺は甲子園のために野球やってんじゃなかったんだ」と言い出した。「行けるのなら、そりゃ行きたいけど、それだけのためにやってきたんじゃなかった」。その時は負けたショックでおかしくなったかと思ったが、今のにやにやしている目は「お前もわかったか?」と言っているようだ。私にはわからない。でも、岸本も三宅もうれしそうだ。廣岡や坪井、鳥岡、長田、古川も前のめりで声を出している。宮本や河野のコーチャーボックスの声も晴れやかだ。再び野球を楽しんでいる姿が見えた。そこからは岡山県代表という気負いは感じられなかった。7回で試合は負けてしまったが、最後の2回は総社南の野球だった。感謝の心を忘れずに、挑戦者として次のステージを目指したい。応援よろしくお願いします。